自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その43 同窓会報第98号(2021年10月5日発行)


「守備範囲は広く、時にこだわりながら」

             自治医科大学医学部臨床薬理学部門(兼・循環器内科学部門) 今井 靖

 

私が内科研修を終え、循環器内科を専門として修練し始めたころ(新人中ベン)、偶々上肢・下肢に顕著な血圧差がある患者さんの精査入院を初期研修医の先生とで受持ちとなりました。大動脈・腸骨動脈または遠位の血管の狭窄・閉塞があるのだろうと考え入院されてすぐに診察に伺うと、喉元がドクドクと拍動しているのが衝撃的でした。夏場で薄着・襟元が開いた服であったことも幸いし気付くことが出来ました。腫瘍あるいは頸部の動脈瘤でもあるのか、と思いそっと触診すると動脈の拍動感そのもので当時の画質で今と比較すると“闇夜のカラス”ですが超音波をあててみると大動脈から連続性があり放射線科に電話して至急のCTさらにMRIを依頼し検査を実施、頸部大動脈弓という非常に珍しいケースと判明しました。発生学的に述べますと通常は第4鰓弓動脈から大動脈弓が形成されますが、それよりも一つ上の第3鰓弓動脈から大動脈弓が形成されると頸部大動脈弓となる、この症例はさらに遠位側に狭窄を呈し、あたかも大動脈縮窄のような状態となっていて、狭窄の手前に嚢状大動脈瘤が形成されていることが分かり、最終的に心臓血管外科に依頼し狭窄部および瘤を人工血管に置換する手術を受けて頂きました。

稀有な症例であったため日本循環器学会関東甲信越地方会に症例報告として出し採択、偶々、発表会場が自治医大(私は自治出身ではありませんが豊富な症例と総合診療体制に強い羨望がありました)であり、研修医の先生と二人で学会に参加、広大なキャンパスを勝手に見学(申し訳ございません)し発表させて頂いたのを懐かしく思います。質問では機序を含めた内容で質疑に汗を拭きながら慌てて回答する始末でしたが、その折に学会誌に出すように促して頂いたこともあり、自身と研修医の先生との共著で日本循環器学会学会誌(英文誌)に投稿、自身にとっても初の循環器症例報告となりました。

循環器内科では当時、特に虚血性心疾患に対するカテーテル治療が華やかな時代でした。Stentが一般化し、さらに薬剤溶出ステントが今後登場する という時期で年々新たな治療が臨床現場に導入される状況でしたので、自分自身もPTCA(現在はPCIと称するのが一般的)の専門家を目指したいと考え、救急現場で循環器患者が来たらファーストタッチ(当時、多くの医療機関がそうですが救急にかけつけて最初にたどり着くと術者をさせて貰えるような文化がありました)しようと虎視眈々と待っていると、自分が当番のときにあたるのが何故か虚血ではなく不整脈・大動脈・先天性疾患 と希望と異なる領域の患者に遭遇することが大半を占め、どのような分野であっても担当患者に出来ることは何でもしよう、と開き直って取り組むことにしました。結果として不整脈を専門とする指導医の先生から、“不整脈を専門にする医師が少ないからペースメーカーとか電気生理をしてみないか? 心房細動アブレーションがフランス・ボルドーで始まり日本でも大きく展開する、植込み型除細動器が小型化し今後外科から内科医に移管され内科医の新しい活躍の場になるのだ”と声をかけて頂き、医師9-10年目頃から不整脈診療を一から学ぶことになりました。虚血性心疾患のカテーテル手技は一定の症例経験はありましたが、ペースメーカー手術も電気生理検査・カテーテルアブレーションもなかなか思うように出来ず、加えてその背景となる知識を十分に蓄積しなければ歯が立たないことが分かり、その日の疑問は持ち越さず必ずその日のうちに調べるか詳しい先生に聞いて解決する・ハイボリュームセンターにチャンスがあれば必ず見学に行きそれを咀嚼して持ち帰る ということを日課としたところ、気付けば7-8年経過していたでしょうか、上司が外部の基幹病院に部長として栄転された後、グループの責任者を担うことになっていました。もう一つこの時期に心臓血管外科の先生から、大動脈疾患とか先天性心疾患は心臓血管外科で盛んに手術を行うがその術前・術後を含め関与する内科医が本当に少ない、だから内科で取り組んでみないか と声をかけて頂き、何故、若い方でも大動脈解離が起きるのか(マルファン症候群や家族性大動脈解離・瘤などがそれにあたります)、先天性心疾患の複雑な奇形がなぜ起きるのかと考えた時に、内科が関与する必要がある分野であると全くそのような知識・経験も無かったのですが、その重要性と内科の役割として取り組むべき課題と思い、領域を超えたチーム医療体制の一員に加えて頂くことが出来、マルファン症候群などの遺伝性大動脈疾患、また不整脈と先天性心疾患との関連性などに携わることとなりました。

2013年成人先天性心疾患・不整脈の診療を担当するスタッフとしてお声がけ頂き自治医科大学へ入職・勤務させていただく機会を偶然得たのですが、まさに先に述べたような経緯でそれらの領域で取り組んで来たことが、自治医大循環器内科のニーズに上手くフィットしたこと、また自治医大循環器内科の包容力の中で転校生的な立場であっても、その日から仲間として加えて頂き勤務できたことが私にとって大きな幸運でありました。充実した日を過ごす中で気付けば早8年の月日が流れておりました。

最近、特に若手の先生方におかれては専門分野・専門資格のことに関心が向きがちになっていますが、10-20年で大きく診療分野の治療法が変化することを考えると、ある程度広めの守備範囲を保ちつつ、ときに深堀りするというスタンスも悪くないのではないか、と思うところです。私自身は現在、臨床薬理学に所属し、循環器内科が兼務となっておりますが週2―3日は不整脈・成人先天性/遺伝性疾患の外来診療 および 不整脈のカテーテル治療 に今も従事しています。臨床薬理は臨床と基礎との橋渡しする分野ですが、薬に関わる病院業務や基礎研究など “くすり”という共通言語の中で 循環器領域にこだわらず広くヒトにおける適正な薬物療法を考える新たな学びの場であると考えており、がん や 難治性疾患・稀少疾患に対する特異的治療薬などが毎月のように多数導入されてくる状況に驚嘆しつつ、日々その進展を楽しみつつ過ごさせて頂いております。

自治医大は診療・研究・教育と非常に恵まれた環境にあり心意気も新たに今後も精進して参りたいと思います。今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。



(次号は、自治医科大学アレルギー膠原病学部門 教授 佐藤浩二郎先生の予定です)


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